
実践
22. バルカローレ(舟歌)
〈ブルグミュラー25の練習曲より〉
この曲で学ぶこと
劇音楽風の形式
序奏ーA(主題)ーB(展開)ーA'(再現)ー後奏(譜例参照)
バルカローレ(舟歌)の様式
右手/左手の独立と、それぞれの役割
右手:こぎ手の歌(カンタービレ/フレージング)
左手:小舟(音質とテンポを徹底して維持)
歌の呼吸と〈テンポ・ルバート〉


バルカローレ(舟歌)とは
バルカローレとは,小舟の船頭が歌う歌,あるいはその光景を描いた楽曲をいいます。
とりわけ,イタリア・ヴェネツィアの運河を行き交う小舟を描いた曲が多く作られています。
形式の確認:劇音楽風の形式
「バルカローレ」は,短いながらも劇音楽の要素が詰まった曲です。
序奏:舞台の景色を描きます。そこに小舟が向こうの方からやって来ます。
A(主題):小舟に乗った船頭が船を漕ぎながら声高らかに歌います。
B(展開):歌の物語が展開します。
A'(再現):主題が戻り,クライマックスを迎えます。
後奏:小舟が少しずつ舞台の向こうの方へ去っていく様子が描かれます。
最後の4小節は小舟が視界から消え,序奏の最初の背景に戻ります。
練習の方法
右手と左手の役割
右手:船頭 船を漕ぎながら高らかに歌う
左手:小舟 波に小さく揺られながら運河を進む
① 左手の弾き方と練習方法
Aの8小節間は,すべてInの打鍵で,タッチと音量を全く変えずに淡々と弾きます。
まずこの部分の左手だけで練習を始めます。
スタッカートはついていないので,音が短くなり過ぎないよう気をつけます。

② 右手の弾き方と練習方法
テノール歌手が高らかに歌うように弾きます。赤いアクセント記号のついた音は,丹田(下腹部)から打鍵します。高い声を腹の底から出すイメージです。
クレッシェンド・デクレッシェンド,スラーに忠実に弾きます。

③ B(展開)
Aの箇所と同じように,左手→右手の順に練習します。
音楽が展開していきますが,この箇所全体の音量は「p(ピアノ)」であることに留意します。
譜例a-b-a-bの箇所はaとbがうなづき合いながらヒソヒソ話をしているようなイメージで。
そのほかの箇所は楽譜に忠実に弾きます。
デクレッシェンド記号は〈長いアクセント〉と考えます。
27小節目にクライマックスがきます。ここも丹田から音を鳴らします。

④ A'(再現)
高いラ♭より上の音はすべて,丹田から打鍵します。
37小節目がこの舟歌のクライマックスです。
イタリアのカンツォーネやオペラアリアでは,クライマックスで声を最高潮に張り上げ,そのためそこだけテンポが少し伸びる(遅くなる)ことがあります。
これは「テンポ・ルバート」と言い,そのすぐ後のフレーズで本来のテンポに戻ります。
36-37小節のバスの音(ファ→ファ♭→ミ♭)は少し際立たせて弾きます。
38小節にはフレーズ・オフの自然なリタルダンドがあります。

*lusingando:甘く媚びるように
⑤ 序奏・後奏
曲の枠組みになる部分で,一緒に譜読みをしていきます。
テンポ
曲の冒頭に示されているAndantino quasi Allegrettoは、基本的にA(12小節目)からのテンポと考えられます。序奏部分は,Aからのテンポから著しく逸脱しない程度に自由に弾いてかまいません。
構成
1〜4小節,5〜8小節,44〜47小節(最後の4小節)は呼応した形になっています。
最初に大きなQ(問い)が続き,最後の4小節がその問いに対するA(答え)になっています。最後の4小節は,答えを得た安堵感でゆったり静かに終わります。
ペダル
ダンパーペダルは適宜, うすく踏むとよいでしょう。
下の譜例のUna Cordaは,矢印が伸びているところまで踏んでみてください。
ppで弾くときは,上腕,前腕,ひじを脱力し,ひじを外側に押し出すようにゆっくり打鍵します。


今まで学んできた曲と違って,バルカローレは歌の要素の強い曲です。
歌には呼吸があり,声を高らかに張る箇所があり,甘い声でささやく箇所があり,歌詞があります。この曲には歌詞はありませんが,歌詞があると,子音や母音の加減で,テヌート気味の音があったり,短く詰める音があったりもします。
テンポ・ルバートのルバートrubatoは「盗まれた」という意味で,クライマックスで声を高らかに張り上げ,伸ばしすぎた分の拍をその先で「こっそり盗むように」取り戻すのが由来の言葉です。
わりと自由度の高い曲なので,オペラ歌手気分でメロディを朗々と歌い上げ,クライマックスで思い切りルバートをかけたり,riten.で思い切りゆっくりテンポを落としてみたり,音楽をいろいろ試してみてください。