
実践
16. あまい嘆き
〈ブルグミュラー25の練習曲より〉
この曲で学ぶこと
1. ドラマ的要素
- 右手と左手,2人のキャラクター
2. 音楽のエネルギー

1. ドラマ的要素
- 右手と左手,2人のキャラクター
この曲のタイトルのフランス語オリジナルは「Douce Plainte」
Douceは甘いという意味。plainteは不平,不満,苦情,抗議といった意味。
この曲の日本語タイトルは一応きれいに「あまい嘆き」としましたが,実際のドラマとしては,二人の人物が互いに不満をぶつけ合っているシーンを描いていると思われます。「甘い」という形容詞がついてますが,どんな二人の,どんなやり取りなのか,想像をふくらませてみましょう。
下の譜例:前半Aは,オレンジ色の旋律パターン(右手)と緑色の旋律パターン(左手)が掛け合う構成になっています。4小節目の最後で右手と左手の役割が交代します。
オレンジの旋律に緑が何か物申しているような音型です。

後半Bで右手と左手の動きが変わり,14〜15小節で前半Aの押し問答のような掛け合いへの答えが示されます。

2. 音楽のエネルギー
練習① 大胆なフレージング
音楽はエネルギーを持っています。そのエネルギーを感じ,表現するための練習方法になります。
下の譜例はスラーを一部書き換えて,長いスラーをかけてあります。
前半の主旋律(1〜4と4〜7小節)と後半のクライマックス(13〜15と16小節)の部分です。
長いスラーがかかっている範囲を1フレーズとして,一息で歌うように弾きます。
歌う場合,高い音や長い音では下腹部の支えをしっかり入れ,息をどんどん送り,音楽をどんどん前へ進めます。
ピアノでも,フレーズ・トップや強い音では下腹部の支えをしっかり入れて,指先に手〜腕〜上半身の重みをどんどんのせていきます。
下降形のフレーズ(1〜2小節目など)もテンションを高いまま保ってどんどん先へ進みます。
この練習では,テンポやビートはあまり気にしなくて良いです。呼吸や重力のエネルギーをどんどん送り込んで音楽を前のめりに突っ込んでいくことを優先します。

練習② おおげさなダイナミクス(強弱)
楽譜に書かれている強弱記号を,倍くらいの勢いで音にします。
大きな音やクレッシェンドでは手に重みをどんどんのせていき,デクレッシェンドや小さな音では重みを抜き,ppの箇所では指の爪先で鍵盤の表面をかるくこするくらいで打鍵します。

練習③ 本来の楽譜どおりに弾く
スラーの切れ目でその都度テンションを入れ直し,次のスラーへとどんどん進みます。
「テンション」とは緊張感とか弦の張り具合をさす言葉ですが,気持ちのテンションも含みます。気持ちを高める,テンションを高めるためには,スラーの切れ目で手首が息つぎするたびに,気持ちを次のフレーズへと先にどんどん持っていくとよいです。
手首と呼吸
ショパンのピアノメソッドの断片に
〈手首:声における呼吸〉
という一文があります。
声は声帯を振動させることで音を鳴らします。声を鳴らすエネルギー源は呼吸です。
人間が吸える息の量には限りがあり,歌うときは息継ぎをしながら声をつないでいきます。
ピアノは打鍵することで音を鳴らします。
打鍵の手段として重力を使います。
鍵盤につたえる重力をコントロールする役割を,手首が担っています。
ショパンは「手首を柔軟に」と弟子たちにしつこいほど言っていたそうです。
「柔軟」は,「柔らかく」と「自由自在に」という二つの意味を持ちます。
音の大きさも指の動きも音質も自由自在に操るには,手首は柔軟であること,ということですね。
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